創作とは一生潤わない乾きなのではないか、と度々思う。
創作とは一生潤わない乾きなのではないか、と度々思う。
そもそも何故絵を描くのか。音楽を作るのか。
人それぞれあると思うが、私のケースを描く。
そもそも、やはり制作物を世に出している時点で多少なりとも『承認欲求を満たすため』という目的がある。
では何故『承認欲求を満たし』たいのか?
私は、ではあるが、これは「人生を肯定されたいから」だ。
私の人生があまり恵まれたものではないということは、大人になってから気付いた。
地球規模で見れば恵まれているのだろうが、そうではなく。『運が無かった』ことが多かった。
ところで私は『親ガチャ』とか『運が悪くて』とかで自分の人生を他人の責任にするのがとても苦手だった。苦手だったから、今までずっと認めることができなかった。
私の人生の不運は全部仕方なかったのだ、とずっと考えていた。今もその考えはある。
たまたまこの家に生まれて、たまたまこの地域の悪人と出会って、たまたまよろしくない環境で育った。すべて「仕方なかった」のだ。それは間違っていない。
だけど、「だから私の責任だ」に結びつけてしまっていたのだ。それだけは違った。
私が私の人生をより豊かにするためには、「私は悪くない」と私が認めてあげることがなによりも重要だったのだ。
私はずっと、その事実から目を背けていた。
私の人生の大きな問題点は、『自己肯定感の低さ』だ。
何をしていても自分が間違っていると感じる。自分の感情よりも、他人が不快に思わないかが最優先である。それは時として「優しい人」と取られる。それは間違っていない。私は「優しい人」でもあるのだろう。
だが、それで「底なしの包容力」を持っていなければ、この性格で生きていくことはできない。
なぜなら、私の優しさは『我慢』で成り立っているからだ。
「相手が正しいと思うから」相手の感情を優先するのではない。
「自分が間違っているから」、「怒られるのが怖いから」相手の感情を優先するのだ。
その根底には『私はこうしたい』という、きちんと自分の意志や自我がある。だけどそれを無理やり押さえつけて、相手の意見を優先する。
そうするとどうなるか。いずれ無理がたたって、許容範囲をオーバーする。
そして『もうダメだ』となる、その先の選択肢は、相手との縁を切るか、自分が消えるか、である。
この性格の悪いところは、自分の感情を無視するあまり自分の無理を把握することができず、ある日ポッキリ折れるというところ。
これはビジネス面で言えば相手に多大な迷惑をかける。
数度これでやらかし、ここ数年は対処が上手くなったと思う。
私の人生については、語ることが多すぎるので割愛する。
冒頭の『創作は癒えることのない乾きである』という話に戻る。
私は『自分の意志を曲げてでも他人の感情を優先する』人間であると書いた。
しかし、私は我が強い。思想が強いのだ。「こうだ」と思ったことは、ずっと「こうだ」と思っているのだ。
そしてこの思想の強さは、『善悪』という基準をかなり意識している。
『善い人間でなければならない』『この行為は悪ではないか』ということを、常に意識している。
これは私が生きてきた中で唯一『悪人』だと認める人物から受けた行いが大きく影響しているのだが、これは割愛する。
(私は世の中に悪人などほとんど居ないと思っている。無意識で行った悪は悪ではなく不注意だし、改善する意思がある者は悪人とは呼ばない)
『自身の思想は強いが、その思想を我慢で押し込めている』ことが私の精神に大きく軋轢を生んでいる。
私の人生で躓いたと呼べる最初のできごとは、学校に行けなくなったことだろう。
いじめられていたわけでもなく、当時の先生に「何故来れないのか、悩みがあるのか」に対しなんの答えも出せず(本気でわからなかった)困っていた。
今になってみれば、『自分の中の善が、集団においては正しくない』という事実に疲れたのだと思う。
周囲に馴染むため、集団で暮らすためには、自分の中の善=正義を全うすることは、正しくないのだ。
『ノリが悪い』とか『堅物』とかいう言葉があるように、多少誰かが嫌な思いをしても、その集団の雰囲気が良くなればそれは正しいことになる。それに気付いて、私もそれに従った。しかし、その我慢が許容範囲を超え、『もう見たくない』となったのだ。
その時に私を救ったのは創作と、フィクションだった。
当時私は『何故みんなが普通にできることができないのだろう』ということに悩んでいた。
同じ文言で責めてくる人もいれば、理解してくれる大人も居た。私の人生は常に、私を利用する人間と、私を見てくれる人間が居た。だからこそ私は『恵まれている』と思っていた。(実際、後者がいるということは恵まれていると思う)
ただ私は、なによりも自分の考えていることがなんなのかが全く分からなかった。
学校に行けない理由も、横行するいじめを見たくない理由も、わからなかった。なぜなら集団は笑っており、みんなが正しいように見えたから。間違っているのは自分だから、やればいいのに。
そういう自責の時間を減らすために、私はアニメを見た。絵を描いた。
現実のことを考えなくて良いのは楽だったし、自分で何かを生み出すのは楽しかった。
狂ったように絵を描いていた。昔から絵を描くのは好きだったけど、傾倒するようになったのはこのあたりではないだろうか。
様々なものを見ると、「私もこれをやりたい」と思う人間だった。
VOCALOIDの音楽を聞いて、「救われた」気分になった。「世の中には上手くできない人間が居て、苦しいと思っている人が他にも居る」と知ったし、「それでもいい」とも知った。
今でも強く心に残っているのが、鉄風Pさん(残念ながら今は引退なされている)というボカロPが作った「パヤパヤ☆シャララ」という楽曲の歌詞だ。
『歌は無力さ ただの気休め 君が笑うには 君が笑わなきゃ』という歌詞は、今までの人生で幾度も思い出した。
(私が度々『しとおさんの楽曲を聞いて救われました』という言葉に『歌がすごいのではなく、救われる感性を持っていたあなたが凄いんだよ』と返すのは、この歌詞が強く残っているからかもしれない)
音楽で救われるうちに、音楽も作りたいと思った。VOCALOIDは高いから、まずはUTAUを使って曲を作った。
音楽に合わせて言葉を乗せると、自分の意志とは関係なく、自分の脳内の言葉がアウトプットされた。
なんだか奇妙で、だけどそれが褒められると嬉しかった。
音楽は、「私が我慢している部分」の表現になった。
そうなったのは作り始めてからだいぶ経ってからだ。
何故作品を作りたいのか。少し前の記事でも書いたが、私は、私を救いたいのだ。
私というのは、今ここにいる私ではない。
苦しかった当時の自分を救ってくれた音楽を作りたいのだ。
音楽以外も、やがてそういうものになった。
フィクションに対する強い思いは、『ダンガンロンパ』のゲームをやった際改めて自覚した。
私は嘘に生かされている。嘘に救われていて、それはまったくくだらないことなんかじゃない。
だから私が作りたいものは、最高の嘘だ。
音楽も、絵も、お話も。全てそれなのだ。
かつて自分を救ったような作品を作れているのかと考えると、到底そうは思えない。
いくつかの良いものは作れているのかもしれない。実際、「あなたの作品で救われた」という言葉をかけてくださる人がいる。凄く嬉しいし、私はそのために作品を作っている。
だけどそれで満たされることはないのだ。
あのとき、あの頃、死にたかった自分を、引き止めるような何かを、自分はまだ作れていない。
それが達成される瞬間は訪れない。過去の自分はもう居らず、全く同じ人間なんかいないのだから。
だからこそまだ作りたい。
私は、どうしようもなく弱くて愚かで、だけど善の気持ちを持っていた私を肯定したい。
私は間違っていなかったのだと、私は証明したいのだ。
私を救うことで、「私は正しい人生を歩めているのか」と、ずっと自問する私を説き伏せたいのだ。
私は、私を、正しかったと、「それでいいんだよ」と抱きしめたいのだ。
そんなことは一生できない。
だからこそ一生この乾きは癒えない。
もう存在しない人間を救い、それをもって自分を認められたら
その時ようやく私はもう頑張らなくて良いと思える気がする。
だけど頑張らなくて良いと思ったら、きっと人生は退屈なものに変わってしまう。
その時がきっと、私の人生の終わりだ。
この乾きが一生癒えないことを、苦しみながら笑って生きていこうと思う。